消せない感情との距離
不安は、
できれば感じたくない感情の一つだ。
先の見えなさ。
失敗の可能性。
他者からの評価。
不安は静かに、しかし確実に
日常へ入り込んでくる。
多くの努力は、
不安を減らすこと、
あるいは消すことに向けられている。
だが、不安は本当に
排除されるべきものなのだろうか。
不安は異常ではない
まず確認しておきたいのは、
不安は異常な状態ではないということだ。
不安は、
未来が不確実であることへの反応であり、
人間が環境に適応するために
備えてきた感情でもある。
危険を想定し、
行動を調整する。
その機能がなければ、
人は無防備になる。
不安が存在すること自体は、
欠陥ではない。
不安を消そうとする社会
それでも現代社会では、
不安はしばしば
「早く解消すべきもの」として扱われる。
安心を売る商品。
確実性を約束する制度。
成功すれば不安はなくなる、
という物語。
だが、
不安の原因を一つ解消しても、
次の不安は現れる。
不安を完全に消すことを
前提にすると、
終わりのない対処が続く。
不安が示しているもの
不安は、
単なる不快な感情ではない。
それは、
自分が何を大切にしているかを
示している。
失うことを恐れる対象。
守りたい関係。
成し遂げたい意味。
不安は、
価値と表裏一体に存在する。
何も大切にしていなければ、
不安も生まれない。
不安と行動の関係
不安は、
行動を妨げることもあれば、
行動を促すこともある。
問題は、
不安があるかどうかではなく、
不安がすべての判断を
支配してしまうことだ。
不安をゼロにしてから動こうとすると、
永遠に動けない。
不安を抱えたまま動く、
という選択肢を持てるかどうかが重要になる。
不安と共に生きるとは
不安と共に生きるとは、
不安を肯定することでも、
放置することでもない。
不安があることを認めつつ、
それにすべてを委ねない態度だ。
不安は助言者にはなれても、
決定権者にはならない。
距離を取り、
観察し、
必要なときだけ耳を傾ける。
その関係性が、
不安を現実的な大きさに保つ。
不安が消えない理由
不安が消えないのは、
世界が完全に制御できないからだ。
不確実性は、
人間の力を超えて存在する。
それを完全に管理しようとするほど、
不安は増幅する。
不安が消えないことは、
世界が生きている証でもある。
結び――不安を抱えたまま進む
不安と共に生きるということは、
不完全なまま生きることを
引き受けるということだ。
確信がなくても考え、
安心できなくても選び、
不安があっても歩く。
不安を克服するのではなく、
不安と並んで立つ。
その姿勢は、
決して弱さではない。
むしろ、
不確実な世界を生きるための
ひとつの成熟なのかもしれない。
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