豊かさと成熟の間で
「文明は進歩してきた」
この言葉は、
ほとんど前提として語られる。
技術は高度化し、
情報は瞬時に行き渡り、
寿命は延びた。
だが、
この変化は本当に「進歩」と呼べるものなのだろうか。
進歩の尺度は何か
進歩を語るには、
基準が必要になる。
効率。
生産性。
利便性。
安全性。
これらの指標において、
文明は確かに前進してきた。
しかし、
進歩という言葉には「より良くなった」という
価値判断が含まれている。
何をもって「良い」とするのか。
そこは自明ではない。
技術的進歩と人間的成熟
技術は、
人間の能力を拡張する。
遠くとつながり、
大量に生産し、
複雑な計算を可能にする。
一方で、
その拡張は人間の成熟を
必ずしも保証しない。
怒りや不安。
分断や偏見。
支配と被支配。
これらは、
文明の段階が進んでも
形を変えて残り続けている。
問題の解決と問題の生成
文明の進歩は、
多くの問題を解決してきた。
同時に、
新しい問題も生み出している。
利便性は依存を生み、
効率は余白を奪い、
情報過多は思考を散らす。
進歩は単純な前進ではなく、
常に代償を伴う。
過去を劣ったものとして扱う危険
進歩の物語は、
過去を未熟な段階として
位置づけがちだ。
だが、
過去の人々もまた、
自分たちなりの合理性や倫理を
持って生きていた。
文明は一直線に
洗練されてきたのではない。
失い、選び直し、
方向を変えながら
続いてきた。
進歩を信じることの効用と危うさ
進歩への信頼は、
未来への希望を
支える。
より良い社会が
可能だと信じることは、
行動の動機になる。
一方で、
「いずれ解決される」という楽観は、
現在の問題への責任を曖昧にする。
進歩は
自動的に起こるものではない。
文明が問い返される地点
文明の進歩は、
外側の環境を大きく変えた。
だが、
内側――
人間の欲望や恐れ、
判断の癖はどこまで変わったのか。
文明が進んだかどうかは、
技術の水準だけでなく、
それをどう扱うかに表れる。
結び――進歩は問いの形を変える
文明は、
ある側面では確実に進歩している。
同時に別の側面では、
同じ問いを繰り返している。
進歩とは、
答えに到達することではなく、
問いの形が変化していく過程
なのかもしれない。
文明が進んでいるかどうかは、
最終的に私たちが、
どんな問いを持ち続けるかに
かかっている。
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